どちらでもない場所で見えてくる感覚
まもなく26SS Collectionが発売となります。
今シーズンはこれまでのシリーズをアップデートしながら、自分の内側にある感覚をひとつのかたちとして作品にしました。
人生にはいくつもの通過点があります。
春は特にその真っ只中にいる方も多いのではないでしょうか。
どちらでもない移行の途中。
でも自ら選んで立っている場所。
流れに乗るか、乗らないか。
可能性が広がっているその位置は、心が揺れるときでもあります。
この場所に立ち、向き合っているとき、もし自分を閉じてしまったり、自分に嘘をついてしまったら、流れに乗ることができずに後悔が残るかもしれません。
人は環境や未来に意識を向けすぎると、自分の内側の感覚を見失うことがありますが、その通過点こそが、自分がどうありたいのかその内側と静かに向き合うための時間であり、もっとも冷静さが試される瞬間なのかもしれません。
そして今回このジャーナルを綴るタイミングに、直島の李禹煥美術館を訪れました。
彼の言葉の中に、同じモチーフを繰り返し表現する中にある差異性について触れられていたことが、今回のコレクションとも重なり、とても印象に残りました。

わたし自身も今回のシリーズに限らず、繰り返し同じモチーフを表現し続けていますが、繰り返すことで生まれるものは決して同じではありません。
内側にある感覚と、外側で出会う出来事や環境。
その二つが重なり合うことで同じかたちをなぞっているようでいて、そこには変化が生まれます。
その差異は意図して生み出すものではなく、その時々に変化している自分が、そのまま現れているものなのだと思います。
だからこそ繰り返すという行為は、同じものをつくるためではなく、変化していく自分自身と向き合うための時間でもあります。
そして自分の中にある軸というものは、変化を受け取りながら、かたちを変えながら深まっていくものだとも感じています。
揺らぎの中にあっても、その中心にあるものを見失わずに、その時々の自分を表現していきたいと思っています。
そこで導き出した答えは、さまざまな変化や出会いを受けながら、心に留まっていく自分の中にあるその軸をふとした瞬間に思い出せるような感覚から生まれました。
今月はブリエ・シグネットシリーズより、砂時計を横にしたようなフォルムのコレクションが発売されます。
それは、左でも右でもなく、上でも下でもない、移行の途中にある時間と場所をかたちにしたものです。
そして、その変化を受け取るということは、必ず通らなければいけない道も、その時間にしかない輝き(=ブリエ)があることを表現しました。

そして来月は、どちらにも動くことのできる通過点にいながら、自分の中にある軸が中心にあることで保たれていることを揺れるたびに思い出せるように、寄り添う存在として表現したコレクションが、フロストシリーズより登場します。

選択は二つしかないときもあれば、たくさんの可能性が広がっているときもあります。
揺れるということは、何かを選び、動こうとしている証でもあります。その軸を可動する輪で表現しました。
わたし自身、軸が揺らぐこともあります。
失うことを恐れて、何かにしがみついてしまうこともあります。
そして選択しなかったものを否定するのではなく、ご縁があればまたかたちを変えて自分のもとへ戻ってくることもあります。
自分が大切にしたいものを、大切にする。
自分が愛したいものを、愛する。
自分が在りたい人で、在る。
どちらでもない通過点に立つことで、いつのまにか複雑にしてしまっていた思考をほどき、シンプルな感覚に立ち返ることができるのかもしれません。
その感覚をふと思い出せる、小さな指標として。
そんな想いを込めた26SS Collectionを、ぜひご覧いただけたらうれしいです。